冬の山が見える所に住むために

日本のドラマや、音楽、チェーン店のことを書いていると思います。「ウワっ」ってなった時に書いていってる。22歳。

九月荘

約4年ぶりに、引越しをすることにした。寂しい。今の部屋のこと書く。初めて一人暮らしをした。一人で浪人生やってた。このドアを開けて毎日予備校通って、しんどくて泣いて床に倒れてたら床に外壁からの浸水でオレンジのキノコ生えてるの見つけて(フローリング総貼り替え)、大学に受かって春。この台所で料理を覚えて、この部屋で誰にも出会えずに2020年を耐え、辛い日もドア開けたら帰って来れたと思えたし、私の好きな人たちがたくさんいたこの部屋、母もボンちゃんもいたこの部屋、雪は3回積もって、台風も地震もあった。不眠になったとき何も言わずに朝まで付き合ってくれたベランダも、毎日が非常事態だった外の世界に送り出してくれたクリーム色のドアと金色のドアノブも、磨いた床もコンロも風呂場も便器も、ベランダから見える夜景も夜の風の匂いも、絹糸みたいな色んな日の雲も、朝5時の出窓の明るさも、東の空も忘れない。この家は私がやっと人間らしくなる過程を丸々見ている。頑張ったことも頑張れなかったことも全部知っているこの部屋から、私は出ていかなければならない。人生でした引越し(計8回)は、どれも悲しむ暇もなかったけど本当はどの時もここを離れたくないと思ってた。近づけなくなるのも、この家の匂いを思い出せなくなってしまうのもすごく嫌。5.5畳は今の私が住むには狭すぎるし、週末夜は階下が騒がしく(彼らももう引越してしまった)、北側の冷気は寒いし節水とかけ離れたトイレには流す度に水とともに流れてゆく硬貨が見えたけど、安全で太陽が暖かくて、綺麗で見晴らしがよくて、近所の子どもの声が聞こえて、友だちが近くにいることはこの上なく安心できることで、「狭い狭い」って言って3年9ヶ月。結局、生まれた家の次に長く住んだ。知らない土地の狭い住まいを住める場所に変えていくのは、不安と、不思議と、孤独と、挑戦と、楽しさに溢れていた。長い時間だった。ほんとうに、全部、忘れたくない。